和凧

和凧の歴史

和凧の起源

言い伝えによると、奈良時代に中国からの仏教宣教師から日本に凧が伝わったということです。主に神事や収穫祭の際に使われていたようです。

平安時代中期に作られた辞書に、凧を意味する言葉「紙鳶 (しえん) 」の記述が登場しました。紙でできたトンビ、との意味から、初期の凧は鳥に似せて作られていたものと推測されます。日本は中国文化の影響を大きく受けましたが、独自の凧の伝統とデザインを発達させました。初期には神社や寺を建てる際に屋根の上まで瓦を運ぶ等、実用的な目的で使われました。

人を運ぶために作られた凧の伝説 もあります。平安時代末期の武将、源為朝は息子と共に伊豆大島に島流しにされました。彼はひとりぼっちになった息子の運命を嘆き、大きな凧に息子を縛り付け、本土まで飛ばしたとされています。

私たちが今日知っている芸術的な和凧のほとんどは江戸時代、鎖国中の平和な時代に生まれました。日本には凧の種類が130 くらいあり、各地に独特な形の凧があります。凧には通常昔話や神話の登場人物、何かの象徴などが描かれます。

これらは鮮やかな色の染料と墨で描かれ、和紙と竹(竹が育ちにくい地域では杉)で作られます。竹の枠は骨、紙は肌と呼ばれます。凧が「タコ」や「イカ」と呼ばれる由来は凧が紙の尾を垂らし空に揚がる姿が、「蛸」や「烏賊」に似ているからという説があります。日本語には凧が大好きな人を意味する「凧キチ」という言葉まであります。

凧が使われる行事 

日本では5月5日の子供の日や宗教的な行事、祝日、お正月などに凧揚げをする風習があります。収穫祭では凧に稲を付けて神様への供え物として一緒に揚げることもあります。「鬼」と書いた八角凧に厄年の男性二人が矢を射て、無病息災と家内安全を祈願するという厄除けの儀式もあります。浜松まつりの凧揚げ合戦では各町の凧同士が糸を切り合う糸切り合戦も繰り広げられ、200万人もの観客が訪れます。

長男の誕生と無事な成長を願う「初凧」の風習が継承されている地域もあります。 絵柄は民衆のヒーローや神仏が一般的で、子供を厄から守ってくれると信じられています。他にも福助、鶴亀などが絵柄として選ばれますが、最も人気があるのは金太郎です。熊と相撲を取って遊んだ金太郎は強く優しく育ちました。「鯉金(こいきん)」と言って、金太郎と鯉がセットで描かれることがよくあります。鯉は激流をさかのぼり、産まれた川に戻るため、大きな目的を成し遂げる強さと勇気、忍耐力を備え持つもののシンボルとされています。

 

和凧の種類とサイズ 

日本には様々な種類の凧があり、それぞれ違ったルーツと意味があります。

最も有名なのが東京の昔の名称、江戸と名付けられた江戸凧でしょう。長方形で糸目がたくさん付けられたこの凧は 有名な武将、歌舞伎役者、芸者などの図柄が精巧に描かれています。大半は浮世絵調です。ほとんどの和凧と同じように、江戸凧にはしっぽがついていません。日本人にとって、しっぽがなければ飛ばないような凧はそもそもきちんと作られていない、ということです。ただし、強風の場合はしっぽがつけられます。

六角凧もよく知られています。六角凧はよく飛び、安定感があり、シンプルな構造です。新潟県の三条市発祥のため、海外でも「SANJO ROKKAKU」の名で知られています。どんなサイズでも作ることができ、どんな風でも安定してよく飛びます。今日、このタイプの凧は様々な素材で作られ、世界中で見ることができます。

青森北部地方の津軽が発祥地であることからその名を持つ津軽凧は、他の和凧とはかなり異なります。他の凧の骨が竹で作られるのに対し、津軽凧には木が使われます。津軽凧の絵付けは和凧の中でも最も装飾的で目を引きます。

巨大な凧はいつも人々を魅了してきました。日本には今日でも巨大な凧が揚げられる凧揚げ大会があります。日本最大の凧の1つに わんわん凧という、直径24メートルのものがあります。1914年に作られた凧は2.8トンもあり、運ぶのに150 人から 200人もの男性を要したそうです。しっぽの長さは150メートル、凧糸には船のアンカーロープが用いられました。時には風が強すぎて凧を下ろすことができず、風が落ち着くまで凧を固定させて待たなければならないこともありました。残念ながら、巨大なわんわん凧は現在では作られていません。

今日、日本最大の凧が見られるのは西宝珠花の江戸川河川敷でこどもの日に行われる大凧あげ祭りです。江戸時代後期、天保12年、 浄信という僧が、各地巡礼の折に宝珠花の小流寺(現在の春日部市西宝珠花)に宿泊した時に、その土地の人々を集め養蚕の豊作占いとして凧揚げの話をしました。「繭の値段が上がる」と「凧があがる」の意味を掛けていると言われています。その占いを聞いて人々は、数十個の凧をあげて繭の豊作を占うというようになったと伝えられています。凧の大きさも徐々に大型になりました。現在の大凧は縦15メートル、横11メートル、重さ800キロです。大きさ縦45センチメートル×横30センチメートルの和紙を1500枚使用し、運ぶのに100人以上を要します。これは100畳凧と呼ばれています。

世界最大級の凧を作ることに加え、日本人はミニチュア凧の制作にも魅せられており、何百年もの間、小さな凧を作ってきました。縦数ミリという小ささです。 隠居した侍たちは藁とちり紙で非常に小さな凧を作り、囲炉裏から立ち昇る熱気で飛ばしていました。

日本の凧には 豊かで興味深い歴史があります。「日本」をテーマにした今回のファヌー凧フェスティバルはファヌーの夏の美しさの中、和凧の歴史をより深く学び、日本の芸術の素晴らしさを愛でる素晴らしい機会となることでしょう。